2011年5月 5日 (木)

「地球の一員」作曲やさんのモノローグ26

東京のその後。

普段の生活としてはだんだん、節電を感じなくなくなりつつあります。
自分たちが慣れてきたのか、それとも・・・


授業時、教室に行くと高校生たちは

「先生!節電中です。」

と、電気を消して明るい日差しの届く側に座ってくれています。
学生さんたちの目が悪くならないか、心配ではありますが
そういう心遣いに触れるたびに、大きなパワーをもらいます。

電車も外にでると照明が消され、季節とはいえ車内温度も快適。
夏はさすがに、「28度」という条件で冷房がつくという発表がありました。
充分すぎます。

家でも、節電で座るたびに飛び上がっていた便座が
快適な(!?)季節を迎えました。

昔、チェルノブイリが爆発した時、いわゆる死の灰が世界にふりました。
それでも情報を知る事ができる私たちのような国もあれば
原発のない電気すらつかない国にも、死の灰がふります。

先日、ウサマ・ビン・ラディンが殺害されたとニュースが流れたのを
複雑な思いで聴きました。
憎しみからは、憎しみしか生まれない。
正義ってなんだ?
誰にとっての正義?

人間が身体を持つということは、欲が生まれるという事です。
でも、責任のない人にまで悲しみを負わせるような事態を
今招いている。
人間ひとりひとりのちっぽけな範疇を越えてまで、
欲を追ってはならない。



原子力の専門家の立場で、自分の使命に今、
1分1秒を惜しんですごしていらっしゃる裏のオジサンから
メールを頂きました。

その中の小学生の一文。

「日本というこの国のふつうの家に生まれたぼくはふとっています。
だけどエチオピアなどのまずしい国に生まれた子はえいよう失調で
死んでいく子もたくさんいます。
別にうまれてくるまえに、えらばさしてもらったわけではなく、
テストやジャンケンをしたわけでもありません。かってにそうなったのです。
ぼくは、運よく日本にこれて幸せだと思う。
だけど弱い国をふみだいにしてできたこの国にきて本当に幸せなのでしょうか。」

地球の仲間の一員から、地球そのものを破壊する技術をもつに至った人間。
その技術の恩恵に少なからずあずかっている大人は、
ひとりひとり、考えねばならない。

久々に一人になって、じぃっと空をみた。
この、そらはみんなみている。

2011年4月24日 (日)

「生き方」作曲やさんのモノローグ25

どうして生きているんだろ。

ひろいひろい宇宙の中に、なぜか地球というところがあり、
そこに人間として生命をいただいた。

いわゆるこちらの世界に生まれたからには、役割があって、
それを、全うするために身体が与えられている。
身体がある限りは欲が有って、生命が維持される。
欲があるからこそ、技術も発達してきた。

でも、いろいろ便利になったようで、
それは人間が自分たちの欲を満たしたに過ぎない。

そんな事をずっと漠然と考えてきたけど、
真剣に考えるようになって1年ほど。



今回の原発事故の真実を知りたいと動いていたら、
偶然、裏のオジサンの昔のドキュメンタリーを見つけた。

オジサンはとってもいい声の人で、
高校生で少々ヒネクレ者だった私の部屋にまで
早朝からよく声が響きわたっていたものだ。

ただでさえ、セミが密集してジャンジャンジャカジャカ鳴く一角。
   (ミンミンなんて、かわいく聞こえないほど半端無い数ナノダ。)

暑い暑い大阪の夏、田んぼの上を渡る風に吹かれて
気持ちいい…と思って暮らしていたものの、
さすがに暑すぎて、冷房をいれようかな…と思っても、
オジサン宅からは、まるでそばに立ってます?というほど
声やラジオが聞こえたものです。
(窓が全開!)

裏のオジサンが、そんな暮らしをしていらしたワケとは。

番組44分少し前辺りからのオジサンの発言。

「人間が生きるためには、一人1日4万から5万キロカロリー有れば
十分に生き伸びる事が出来る。
日本では既に12万キロカロリーも使ってしまっているのです。
これ以上、エネルギー消費を増やしたいなんてことは言ってはいけない。」

当時、「原子力の研究者が何を言ってるんだ?」と思われたであろうその言葉。
今となっては、多くの人がドンと受け止めるに違いない。

欲があるからかそ、発達してきた技術も
「チッポケな人間」という範疇を越えて、利便を追った結果が
今の事故として現実に有る。


外に対して余計な欲をもたず、地球の一員として本当に大切なものを見据え
自分の使命に堂々と生きるオジサンの姿をみて、
改めて、自分はなんだ?と考えさせられた。

2011年2月 4日 (金)

「μーん2」作曲やさんのモノローグ24

前回のモノローグから、半月たってしまった。
目が回るぅtyphoon

っというわけで、あれからDuoの合わせはたったの1時間しかしておりません。
なのに・・・

チケットが発売1週間で大半が売れてしまい、
1月下旬にあわててホールのキャパ余力を確かめて、
現在、かくれチケット(!?)が数席残るのみ。

えらいこっちゃ。

でも、本当にありがたいことです。
頑張らねば。ハイ。

学生さんの興味に、「この二人の共演は想像つかない。」
という意見がとても多いということを以前どこかで書きました。

真面目な石田先生に、オチャラケ aiai 。
という構図は、どうにも代えがたいものがあるようで…。

(ま、実際もその通りですflair


前回書いた

 ピアニスト⇔作曲やさん
 真面目⇔オチャラケ
 ロングヘア⇔少年ショート
 普通歩き⇔ガニ股ドカドカ歩き
 人間⇔サル

他にも、
江戸っ子⇔エセ関西人
?型(内緒!)⇔典型的なO型

などなど。


そんな二人の合わせは・・・

発見だらけです。目からうろこな事ばかり。

実は、一番伸び時にグレて(?)きちんとピアノを勉強してこなかった aiai。
ピアニストと弾くだけで、本当に発見だらけなのです。

作曲やさんの楽譜の見方は、どうしても作曲の過程を通って
オーケストレーションのような見方が頭の大半を占めてしまう。
よって、頭の中に明確に

「ここは、こんな音色でこんな音が欲しい。」

ということが浮かぶものの
そこに至るための演奏上の具体的なテクニックは、
残りすくない脳で担当せねばならないうえに、
もとより aiai には具体的なテクニカル的な在庫がほとんどない!

「こんな音が欲しいけれどどんな手の使い方・・・」と質問を口にするやいなや

  ダダダダダダダダダダーdash

即答!

それについてのテクニカルな説明が・・・
石田先生恐るべし。


でも、それもこれも二人とも

「まずは楽譜を深くよんでから。」

という基本姿勢が全く同じだからこそ、できること。

一つの縦の響きをとっても、まずは楽譜を深く読んで
「だから、こういう音が欲しい。」と二人とも思えるから
お互いの意見をまずは丸呑みできる。

アンサンブルにおいて、こういう信頼感はとても大事で
単に表面上の性格やフィーリングが合う合わないというのでなく
真の意味で、相手を尊重できる(裏を返すと、自分の意見も遠慮なく言える。)
という姿勢は、クラシックにおいては殊に
やはり作曲家が一音一音自分という人生を切り落としながら
書いたものを大切に思える基本姿勢があってこそ、生まれる。

そこからの想像力や発想は、演奏家個々に全く違うもの。
だって、生きて来た人生が全く違うんだもの。
だからこそ、アンサンブルはおもしろい。

でも。連弾はそこからが大変。
だって、88の鍵盤に20本の指が行きかいしかも
一つの和音をとっても、相手がどういうバランスでくるかを
まるで一人の人間のように嗅ぎとって(?)いないといけない。
ペダルだってそう。一人で二人分。
二人羽織みたいなもんだ。



っというわけで・・・

ここから、性格の違いがでてくる。
石田先生、ひとつの事にこだわりだすと事細かに追求、
いや追究大会がはじまる。

たった、1フレーズ。いや1音に対して、
「こんな風に・・・。いや違うもっとほら・・・。こうじゃなくてこんなのはどう?」・・・

ひぇ~sweat01容赦なくどんどん。

O型オーザッパ単純頭の aiai は、だんだん何を追究していたか分からなくなる。
曲の全体像の中のどこかが、全く分からなくなってきてしまうのだ。

ごめんなさい。さっさと頭が整頓できない人間で。
放心していると、やさしい一言。

 「細かいですか?」

思わず素直にこたえてしまった。

 「ハイ。」

あはは。
でも、本当に幸せなことです。
自分がその曲の作曲家だったら、こんなにうれしい事はないもん。
確かに、書く人間としては音の重ね方一つをとっても
どう重ねるかをあーでもないこーでもないと精査しているわけです。
それを、ここまで真摯に追求(究)してもらえたら。

演奏は一瞬。でも・・・
たったその一瞬に、普段からいろんな可能性を探せるからこそ
お客様との一期一会の演奏の時には、その時にしか出せない音が出せる。

そんな事を当たり前のように思ってくれる人がいるというのは
本当に幸せなことなのです。

そんなこんなで、不思議なふたりの連弾。
完全に、aiai が真面目な石田先生の壁を崩しにかかっていますが
いったいどんな姿になることやら。

楽しみ楽しみ。


その前に、石田先生。睡眠とってくださいませ。
毎日毎日、夜は2時間も寝たらいい方だというような生活をしていたら・・・

風邪菌が狙ってますよぉ。

その上、ピアノをキチンと勉強してみたい病の aiai菌 も狙ってますよscissors

体力を蓄えておいて下さいね。
また、よろしくお願いいたしまっす。

2011年1月15日 (土)

「μーん」作曲やさんのモノローグ23

前回のモノローグから、1年半ほど経ってしまった・・・
久々に復活のしどきがやってきた!(かも。1回で終わったりして。)

この春のデュオ・リサイタル。
組み合わせがどうも奇妙らしい。

奇妙らしいと他人事のように書いてしまうのは
本人たちには理由が分からない。

とにかく二人で居るだけでも、なぜか笑われてしまう。
なぜだっ!?

ここは、理論部所属aiai 分析をしてみよう。

その1 接点が全くない。

二人とも、同じ大学と高校で授業をもっているものの
接点は、高校のリーディングという授業のみ。

そう、aiai は作曲理論部会に属していて、
石田先生はオソロシー(!?)ピアノ部会。
(あ、知らないだけで優しい方々かもしれません。失礼。)

片や音楽理論の集団授業で学生にモミクチャにされているのが中心に対して
片やシ実技の個人レッスンが中心。

なので接点は少なく、どうも学生さんの中では
一人ひとりのイメージが別にあるらしい。
いったいどんなイメージが暴走しているのやら?

その2 個々の性格が見かけ上かみ合わない

ってなわけで、二人各々、別々に学生さんと接している結果
この二人は一緒に居るはずがない組み合わせだと思われている。

ナニ?

「あいちゃん先生、大丈夫?」
「真面目にやってるの?」

ガーン。
皆の見解は、だいたい

「真面目な石田先生に、オチャラケaiai はついていけるのか」

という心配につながる。

どういう意味だ?
 (いえ、確かご心配通りご迷惑をかけております。ハイ)



その3 

・・・思い浮かばない。なんでだ?
笑われるワケが本当に分からない~。

一つ言えるのは、とにかく見かけは対照的に思われている事。

ピアニスト⇔作曲やさん
真面目⇔オチャラケ
ロングヘア⇔少年ショート
普通歩き⇔ガニ股ドカドカ歩き
人間⇔サル

などなど。

でも、実は音楽の根本的な部分の考え方などは
ビックリするくらい近いんだけどなぁ。

それはおいおいモノローグしていく予定
。(あくまで予定scissors


そんな不思議な二人のリサイタル。
本人たちはちっとも不思議ではないので、笑われる度に
「なぜだ!?」と思い続けている



だれか・・・教えてください。

なぜ、息抜きのコーヒーを買いにたまたま一緒に並んでいるだけで

「あ、一緒の所を初めて見ました。・・・あはははははぁ~!」

っと笑われるのか!?

おっと、こんな事分析する前に
フンメルの分析をもう一度やり直さなくては。

次回の合わせはいつだろなぁ。楽しみ楽しみ。

2009年7月12日 (日)

「好ききらい」作曲やさんのモノローグ22

あっという間に週末が過ぎ去ってしまった。
採点、試験制作、和声の生徒さんたちの面白い分析の数々・・・。
みんな、普段その曲にそうやって向き合ってるんだろぅ?と興味津津。

そしてっ!

 大量の譜読みの曲たちeyeglass

作曲やさんの悪いくせで、一つ一つに真剣に向き合おうと思えば思うほど・・・
 
違う曲を弾きたくなってしまう!
なぜだ!?

あんなに大量にある楽曲をさらう前に、自分のために何曲弾きまくったことやら。
ショパンのエチュード、ブラームス、モーツァルトなどなど
ピアノ曲をあれこれ引っ張り出してはどんどん弾いてしまったspa

そして・・・いよいよ観念して、今月の譜読み三昧に手を付けるわけなのだが
さらい方が、我ながらおかしい。

脈絡が無さすぎ!

好きなものから?嫌いなものから?
はたまた本番の近いものから?難しいものから?

いえいえ、なんにも関係なっし!
第一ボケボケ aiai に、どれがいつ本番の曲かなんて覚えらるワケがないscissors
難しかろうと、簡単だろうと、明日本番であろうとなんだろうと
目に入った楽譜から手をつける。

唯一法則があるとしたら…。それは

   flair休憩の後は「嫌いな作曲家の作品」からflair

この週末も何がストレスだったって!
内容のない作品の譜読みを真剣にしなければならないこと。
クラシックは、有機的に出来上がった音の総合体なので、
常に、この音はどこから来て、さらにこう向かって とか
この和音は、こういう構造なのでここに重心をおこうとか
弾く前に、楽譜を絵本のように読むのが楽しくてしかたがない。

でも、意味のない音の集合体なんて…。
譜読みをしていても、ちっとも頭に残っていかない。
それでも、音を発する人間としてなにかを見つけてつくっていこうとするけれど
それが、ものすごい意味のない作業に思えてきた場合なんぞ、エライこっちゃ。
私の大事な週末、返せぇ~!と思わず叫んでしまう。

なので、心が一番リフレッシュ!している休憩後に
そういう作品にはポジティブに向かうことにしている。
だって、身体と耳で覚えていくしかないからね。

大好きなのは、ドビュッシーとベートーヴェン。
この二人の楽譜は、一切欲がなくて更にいつも発見がある。
とてもひとつの楽譜とは思えないくらい、毎日見ても、おぉshineっと
思う瞬間がかならず有るから素敵だ。
2人の作品は対比的だけれど、その点だけは一致している。

あとは、モーツァルトも好き。
理屈より音が素直なのがとても好き。なので、人前で弾くのはチョイと危険。
タコの糸が切れるとどこまでも飛んで行ってしまうし、( aiai だけか!?)
メンタルの調子が悪い時は、その良さが出ない。
だから、調子が悪いときほど自分の心に無理なくどっぷりと向き合うようにして
モーツァルトで、自分のメンタルと正直にむきあうこともある。
どうにかして、表面的につくろってもちっともその良さが音に出ないから。
自分のお医者さんみたいなものかな。
心から音に耳がひらいているかが如実に見える作曲家。
理屈よりも、そのことが音にでやすいから好き。
本当に音楽が好きかがすぐにわかるし!


嫌いな作曲家・・・、居ない!ということにしよっ。
どの作曲家の作品も、一つ一つ大事に音が書かれたことには
変わりないのだから。

そう自分に言い聞かせながら


 さてと、休憩おわり!


キライな作品から再びさらおっとrun
よい出会いがまっているかもしれない。

2009年3月18日 (水)

「厄年が教えてくれるもの」作曲やさんのモノローグ21

今年は、女性最後の厄年。
少年っぽい aiai も一応女なので…。

今までの厄年は、訳がわからないうちに過ぎていたのですが
今年は、本当に厄年の王道。

まず1月に、いつの間にか歯が割れていました。
   (おかげで素晴らしい歯科医師に出会いました。)
そして2月の頭に過労と胃潰瘍で倒れました。
   (同僚の優しさを心から感じました!)
  
そして3月頭に…実は足を痛めました。

ボケボケ aiai は、痛めた足を、
まっ大丈夫かな!なんて一晩放置したら
翌日仕事をしているとどんどんアキレスけん辺りが膨らみ始め…。
ただならぬ状態になってしまい急きょ時間外診療へ。

「こりゃぁえらいこっちゃなぁ、骨おれてるやろ。」とお医者様がひとこと。

トホホ。仕事先の地方でやってしまいましたので
心細いったらありゃしない。

さまざまな検査の結果、骨はおサルのため丈夫で無事!
ただし、骨折よりたちの悪いじん帯損傷。


医師:「こりゃひどいから、本当は固めたほうがええんやけどなっ。」

aiai:「えぇeye!!あさっても本番で次の週も毎日舞台に上がるから
      それだけは困ります…。」

医師:「しゃあないな。ほなすぐに外せるようなギプスにしとくわ。」

取引成立!?

っというわけで、ここ3週間ギプスで過ごしております。
ドレスなのをいいことに、ロングスカートの中身はギプスと紳士靴の右足。
ひそかに足を引きずり舞台に上がり、ロングスカートの中では、
左足で3つのペダルを扱うために大暴れ!

怪我をしてみて…。
気づいたことがたくさんありました!
関西でけがをしたのですが、関西人は本当によく席を譲ってくれ、
また、いろいろと手伝ってくれました。
東京に1日帰ったのですが、人間性の違いをすごく感じます。
(関東人が冷たいというわけではありませんよ。)

電車に乗っては、各駅でエレベーターを探すのが大変。
駅によって、前方に会ったり後方に会ったりしたので
相当歩き回りました。
横浜の関内駅では、下りエスカレーターもエレベーターもなく、
2週間分の衣装と楽譜をもってボーゼンとしてしまい
1段に30秒かけながら必死に階段を下りていたら、
少年野球少年をつれた殿方が
「大丈夫ですか?この駅エレベータがないのをどうかした方がいいと思ってたんです。」
っと言いながら、下までスーツケースを持って降りてくださいました。

怪我をしてみて、人間の本質というものにいつもと違う視点で
出会うことができました。
いつも元気が取り柄の私にはとても新鮮な体験です。
元気な人も、そうでない人も、根本的な人間性は変わらないのです。
人はみな一緒。生きているものみんな兄弟sign02

そんなこんなで、不思議なことに音楽に対する自分の感覚も
ものすごく素直になりました。

うまく言葉ではいえませんが・・・。

モチロン、日々欲があってこそ技術も伸びます。
ここの和音はこう表現したい!この部分はこんな音色がほしい!などなど。

でも、いざ演奏会や共演者と一つの音楽、空間、時間を共有する時には・・・。

いろんな欲を超えて、
その瞬間に出会う一期一会のありがたみに感謝し素直に身を委ねられてこそ
音楽やさんとして、表現ができる、生きていけるのだと。

厄年も、ギプスの足も、私には貴重な経験です。





2008年11月22日 (土)

「表現」作曲やさんのモノローグ20

別に座ってじっとしてなくていいじゃ。
お客様も外をみたくなったら見るもよし、眠くなったら眠るもよし。
突然絵を見たくなったらロビーの絵を見に行くもよし!

ずぅーっとそんなことを考えていた。

コンサートの話だ。
去年の12月、2008年度のコンサート計画をたてていて
良いメンバーに恵まれたら…そうもくろんでいたら11月22日それが実現の運びに。
曲は、メシアンの「時の終わりへの四重奏曲」だ。

4月に合わせが始まって、練習していくにつれて色々アイデアが頭に広がっていく。
なんせ、演奏メンバーがとても個性的。
不可逆リズムなど、体にはいらない!ともがくクラリネットYさん、
とうとう、みんな言葉に置き換えてしまった。

「イケブクロ タカダノババ キタノタケシー」
「タタタタタタ キタバタケサン!」

合わせ中に笑い転げてしまったが効果テキメン。
言葉にしてからというもの、完璧な演奏となった!

時のおわりへの四重奏曲が書かれる経緯の本(←おすすめです)を
みんなで読みながら、

この部分はチェロは後光で、鳥など各々の世界が並行していつの間にか
全員があっている感覚がよいのでは?
そのトリへんだよ(笑)
この和音はブルーオレンジ、なんだその色は!??
ここは、足がどぉ~んと踏み下ろされたところだよ!

などなど、なかにはメシアンの考えていたことから暴走してかけ離れた事もあったけれど
着々と私の頭にいろんなアイデアを吹き込んでくれる合わせだった。

そしてとうとう、11月22日長野の峰の原高原へ。
着いて、ワークショップをやったあと練習開始。

「演奏者の配置だけど、普通じゃなくていい?
たとえば6曲目のトランペットなどはみんなが頭を突き合わせる配置で
お客さまに周りを囲んでもらうとか、
1曲目は、後光は(チェロです)お客さまの背後にるような形で・・・」

なぁんて、おそるおそる言ってみたら!
さらにスゴイことになってしまった・・・

このメンバー、アイデアが出るわ出るわの大騒ぎ。
結局、1曲ごとに配置が換わるスンバらしい構成となった。
しかも後半はピアノが会場の真ん中でクラリネットとチェロとヴァイオリンに後ろから
脅される!という、前代未聞の配置に決定してしまった!

本番、かなり怖かった・・・(←演奏がというよりその迫力が左から来るのがデス)

というわけで、翌日の本番ではお客様の椅子もあっち向いてホイ!
ある椅子は外を向いておき、演奏家の間に適当に並べてみた。
始まる時に、椅子は好きな所に移動していただいていいですよーなんて言ったら
少年がピアノのすぐ右手に。ついでに譜めくりをたのもうかなぁなんて思ってしまった(笑)

表現。
音楽に携わる人間としてふだんから思っていることは、常にフレッシュな状態であること。
自分で枠を作ってしまわない。
さらいながら、合わせをしながら、決まっていくことはたくさんあるけれど
そこから、常に新しくありたい。
先入観をもたず、いつも耳をひらき、心に素直な時間をすごしたい。

その時の天気、お客様の息遣い、
そして演奏仲間から発せられる音のほとばしり
などなど。

それらすべてに、その時にしかない一期一会があり
それらの偶然に、心から身をゆだねられたら・・・。

音へのあこがれ、仲間への信頼、
そして、その一期一会への感謝。
それらがきっと、表現そのものなんだとおもう。

最後の曲の前に、「生きる」という詩を読んだ。
あの状況で、こんなにも美しい音をのこしてくれたメシアンに感謝して。

11plaisir
11月の演奏メンバー。みんなありがとう!
左の少年は晃くん。プレコンサートでスンバらしい演奏をして下さいました。

2008年9月19日 (金)

「秋の気配」 作曲やさんのモノローグ19

Sora

音楽に集中したい時には、空を見上げる。


田舎に育った影響か、

土の匂い 風のかおり 木々の語り

これらは、いつも友達だった。
でも、東京さ出てからはそれもままならぬ。

でも、空は…


そう思って見上げた空には
秋を告げる巻雲。

すぅ…っとのびる空のほうきは、私の心に残った雑念を連れ去ってくれた。


さぁ、芸術の秋到来。
自分の心にいつも素直でありたい季節でもある。


音を通してつながる、さまざまな出会いに感謝しつつ…。

2008年7月22日 (火)

「かいてもかいても!」作曲やさんのモノローグ18

Kaite

先週の本番三昧に続いて、今週はカキコキ三昧に入った。
大学も高校も短い夏休みに入り、毎年この時期が自分にとって大事な時間となっている。

今年もたまりにたまったカキコキのお仕事でドンガラガッチャン。
そんな中、自分にとっての心の友はピアチェリオの編曲。
ちゃっかり宣伝に、ピアチェリオTシャツを着た少年のパソコンから流れるのは


「カルメン2008年度改訂版 穴あきだらけ工事中」


今思えば懐かしい、Sさんと長野の山の中で夜中に編曲してはや1年とチョイ。
(詳細は http://blogs.yahoo.co.jp/piacellio/11562624.html
いろいろな場所で演奏してきて、そろそろ演奏者の特徴も見えてきたということで
校正中である。
近々、大阪での公演でもカルメンが入っているのでそれはもう大急ぎ。
うっかりすると、自分の作曲仕事より楽しいもんだからさぁ大変!
自分の曲がかけないストレスとあいまって、改善ではなく本当の改造になりつつある。
作曲やさんのオソロシイところは、

 こんな事もできるはずだし、あんな事もやってもらいたいし…。

と、純粋に曲を生かす欲にかられるところ。
今回は、冷静な監督官Sさんが隣にいないので、糸の切れたタコ、少年aiai。
只今暴走中。どうなるコッタラ…



しかし、昨日からやたら体が痛カユイ。
体から危険信号がでているのか??
かきたくないのに痒い!
書きたいのに書けない!!

書いてんだか掻いてんだか、カイテモカイテモ…

目の前に広がるのは、
マッシロなオケの五線紙と、穴あきだらけのカルメン。

アンパンマン・ムヒパッチを顔から足まではりまくった変な少年
今日も作曲中…

つづく(予定)



連絡の取れないみなさま、ごめんなさい!
そんなワケで、現実逃避の時間のみ、電話にでます!

えっ…ダメだって!??
締め切り延ばすのは!

2008年7月18日 (金)

「黒・黒・黒…」作曲やさんのモノローグ17

Kuro_3

すんごい勢いで、数か月がすぎさってしまった…

前回のモノローグからすでに3か月。
いつもなら、現実逃避にこのモノローグにはしるのだが、それすらもナシ!
毎日目が覚めるたびに


今日はどこ? 私は誰?
今日は何? 朝ごはんは!?(←常に食い気だけは安定してついてまわる)



大阪に住むメンバーのSさんとは、なんだかんだ合わせだ本番だと
家族より長い時間を過ごしている気がする。

そんな状態だから、今朝は久々におちついて洗濯機をまわしていざ干してみるとすごい。
夏の海風にゆれる洗濯物はみんな


黒・黒・黒


確かに今週はほとんど毎日本番だったけれど
ここまで並ぶと面白い。

今週はあんなに暑かったのに、毎日長袖の黒を着て歩いていたのか!
どうりで、高校生に「せんせぇ~、ひとりで熱吸収してあるいてるよぉ」と笑われたハズだ。
モウロウとして歩いていたのであまり気づいていなかった…。
昨日の朝、確かに「あら、今日着る黒がもう無いっ!」と慌てたような気もする。

ただでさえ、ボケボケしていて危ない作曲やさんなので
そろそろ、脳みそを休暇にしないと…。


大学も高校も夏休みに入ったし、宇宙にでも帰るとするかなぁ。


なぁーんて考えながら、山積みになった採点用紙と楽譜を視界からかくすのでした…。
あぁ、オタマジャクシが耳からでてきそう!


つづく…

Discography

  • 石田多紀乃&原田愛 Piano Duo
2017年10月
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